ただの日常

とりとめのないただの日常です

ぶちこわされた週末

せっかく楽しくふわふわ過ごしてたのに

週末の最後の最後で壊されやがった

世の中で一番関わりたく無い人に

個人的に公にリアルとは分けてたアカウントをバレてしまった

気持ち悪い

死ぬほど気持ち悪い

ストレスしかない

殺す

死ね

今すぐ死ね

体調が崩れた

頭が痛い

胃が痛い

たまらない胸焼けがする

あぁ

本当に死んでくれ

仲良しな夢を見た

あぁしんどい


楽しい夢を見てしまったばかりに


現実とのギャップに打ちのめされている。





ずっと夢の中で生きていたい。





どうせミサイルで死ぬのなら

一緒に死ねると思うと

少し気が楽になった

今日はちょっとだけいい日だった

久しぶりに会った女の子は

少しばかり髪が伸びていて

目の前で揺れる丸いポニーテールは

私の気をひくには十分だった


席替えはやはり憂鬱な結果となってしまう運命だったけれども


まだ先のことは考えないでおいて。



久しぶりに吸った女の子の香りは

諦めようという決意も簡単に揺らぐようなものだったけれど


きっとこのままのほうがいい



例えこれが間違った決意だったとしても

日常の回帰

鬱だ死のう

声ばかり大きいクラスのゴミの存在を忘れていた

ノイズキャンセリングイヤホンを予め買っておくべきだった

これだからADHDは。

夏休みの終わり

泣ける

めっちゃ泣ける

全く宿題の終わってない夏休み

あぁつらい

何も考えてないのにぼたぼた涙が出てくる

これだから夏は。


夏が終わって

学校が始まるのが問題なのではなくて

改めて同級生との差を目に焼き付けさせられ

改めて先生に呆れられ

課題の催促をされる

嫌いな同級生とまた1学期同じ部屋に過ごさなければならない

そういった二学期の始まりが嫌いなだけなんだ


うあぁしにたい

9月1日に学生の自殺者が一番多いってのも頷ける

やるきのない夏休み

今年に入ったくらいから急に頭痛持ちになった

自律神経が更に狂ったのか

まぁその辺はわかんないけど。

痛いけど、耐えられないほどではない頭痛ってなんとなく薬飲んだら負けみたいな意地があって

数時間してやっと飲む

んで飲むと結構楽になるから、薬ってすげーなって思う。

あーなんか熱出てきた。

夏バテだな。

これだから夏は嫌いなんだ。

読書感想文の締め切りはあと1週間だし

図書館で借りた本はあと2日で返さないとダメだし。

あぁムカつく

“過保護のカホコ”と発達障害


今日も死にたい皆様こんにちは。ただのJKです。

死にたくない皆様は元気でいいと思います。こちらもこんにちは。



さて今回は題名の通り、「“過保護のカホコ”と発達障害」です。

端的にいうと“過保護のカホコ”に対するhateです。


hateと言っても、1話を見て気分が悪くなりそれからは無条件に目に入るCMしか見てない程度の、意見をはっきり言えるような立場ではないのですが。



私がそんな発達障害に詳しいとかいう訳では無いし、そもそも検査にすら行ってない(行けてない)ADD未満の私がいうのもなんですが、“過保護のカホコ”というドラマの危うさを僭越ながら自己満足ブログにしたためさせていただきたいと思います。


※私自身その気があるので発達障害の事を「個性」だとか甘えたこと言ってない事にはご了承ください。





カホコは知的障害的だなと本当に見てて思ってしまいました。



見た方はわかると思うのですが、

自分の欲求が通らないとなると黙って相手が折れるまで待とうとしたり、親に対して連絡もせず深夜までバイト()して疲れて朝まで寝たり、CMでちらっと見たシーンでは子供じみた癇癪のおこし方で飛び出したり…etc……。

そして女優さんが凄く幼く演じられているのも拍車がかかって、

「幼さを理由とした常識の無さ」が、知的に問題があるようなキャラクターに見えるんですよね。


言葉の皮肉をうまく受け取れないという部分ではASP的なのかなと思ったり。


いや、まぁそういう“世間を知らない甘えた”キャラクターなんでしょうけど……





でも問題はカホコというキャラクターではないんです。

私の考える問題は、
いわゆる発達障害が理由なのにもかかわらず、
親の教育の失敗が原因で、カホコという“常識も世間も知らない甘えて育った人間”を作ってしまった
ように見えてしまうことです。


発達障害という存在自体もあまり知らないような視聴者が、現実の知的障害の方を見て、「親の教育不足」「本人の甘え」だと捉えることを危惧しています。



(良い意味で)健常者とは違う種類の生き物であるのにも関わらず、健常者と同じフィールドに立たせて、あれも違う!これも違う!変な出来損ない!って指を刺されるのはおかしくないですか?

現実は割とそんな感じですが、やっと発達障害の存在が認知されて来たのにまた同じフィールドに引きずり出されるのは理不尽極まりないです。




また、“過保護のカホコ”という“健常者”の例を見る事で、おそらく一番苦しくなるのは現実のグレーゾーンの方です。
「(健常者の)カホコほど変じゃないし、こいつも(健常者の)出来損ないだろ。」と思われてしまいます。

これには、視聴者側の《ドラマや映画の中には明記されない限り、“自分達と同じ健常者”しかいないと思い込んでること》が理由になって来ます。


言われてみれば、心当たりありませんか?


普段、殆どの健常者の方は違和感こそある場合があったとしても、他人を健常者としてしか見てません。

また、ドラマや映画はフィクションだという一応の区切りはついているからこそ、ドラマや映画の変な人は健常者であると感じるのではないでしょうか。


どんどん歪んできましたね。




今回は例にあげさせてもらいましたが、何も“過保護のカホコ”だけが悪いわけじゃないんです。
ただ単純に最近そういうドラマが多いと感じます。
もしかしたら私の知識が追いついただけで昔からあったのかもしれません。

その辺の真偽は不明ですが、問題にしなければならないのは事実でしょう。




そもそも漫画的脚本をドラマにしようとするのが大方間違いなのです。(カホコはオリジナル脚本ですが)

ドラマにしてもピッタリ合う漫画もあるでしょうが、特に多くのギャグ漫画の場合、
登場人物を生身の人間にする事で
“やっている行動”と“現実”との歪みが出て来ます。


漫画的な行動なのに、やけに現実味が出てしまう。
漫画では笑って終わる話も、実写にすると、私達が生きている現実がひしひしと近づき、違和感を感じる。


何かで見た例なのですが、
「いっけな〜い☆遅刻遅刻!」と言ってパンを咥えて走る女子学生を漫画で見ても、「王道だなw」みたいな感じで終わりますが、
生身の人間が「いっけな〜い☆遅刻遅刻!」と言ってパンを咥えていたら、ドン引きしますよね。


そういう事です。


こういった歪みのないドラマが見たいですね。




ということで。
マスコミには本当に気を付けてもらいたいですね。こういう危うさがある事を自覚してないのでしょうか?
…まぁ首相の声を加工し印象操作を行う人達に何を言っても無駄ですかね…。